東京高等裁判所 昭和24年(を)1434号 判決
所論により原審の取調べた各証拠を検討し、更に当裁判所において事実の取調べをなした上、すべての証拠を綜合すれば次の事実を認定することができる。
即ち本件の松本市東源地一〇九八番地所在の木造トタン葺建物は所有者清沢源十が被告人と信濃日産自動車有限会社を共同経営した当時昭和十六年頃その自動車修理工場として右会社に賃貸したものであるがその後被告人との間に不和を生じたので被告人は昭和十八年二月頃別に日産工業株式会社を設立し右建物をその鋳物工場として使用するに至つた為め所有者清沢源十より仮処分の申請があり、昭和十九年七月右建物を含む四棟の建物全部に対し占有移転禁止の仮処分が執行され被告人はその現状を変更しないことを条件としてその使用を許された。ところが当時右建物内には鋳物用の熔鉱炉が備付けられその上部に当つて直径約一尺四、五寸の排気筒があつたがこれでは右熔鉱炉の瓦斯抜きとしては到底不十分であり、当時労働基準法が実施され労働基準監督局係員の指示もあつて工場の災害予防、工員の保健、衛生危険防止の必要から同工場の現場監督者高木喜一等の申出によつて被告人は建物の現状変更を最少限度に止める様心しつゝ右排気設備の拡充改造を行うことを承認したので昭和二十三年十月同工場現場責任者原林徳の設計に基いて大工職横山三郎等が前記排気筒を取り外し屋根の一部約一坪の範囲を切り開いて其処に縦、横約六尺高さ五尺乃至七尺の屋型瓦斯排出櫓を構築したものであることが明瞭である。そこで以上の様な被告人の行為が刑法第二六〇条に規定する建造物損壊罪に該当するかどうかを考察するに、同条にいわゆる損壊とは建物の実質を毀損することに因り又はその他の方法によつて建物の使用価値を減滅する行為を意味するものと解すべきである。故に仮令建物の一部に物質上多少の変更を加えたとしてもそれが建物の使用価値を減殺するものでないとき、即ち必要適切な修理改善を施すことは同条の損壊に当らない。然るに本件においては前記の如く工場の災害予防と工員の保健衛生の必要から以前工場の屋根に存した排気筒を取り外してその部分の屋根の穴を約一坪に切り拡げそこに縦横約六尺高さ五尺乃至七尺の屋型気抜き櫓を構築して瓦斯の排出を良好ならしめたのであるからこれは労働基準法第四十二条の命ずる必要な措置でありしかも現状の変更を最少限度に止め得た適切な改修である。これによつて建物自体の使用価値は毫も減殺されるところなく否却つてその使用性を高めたのである。故に右の如く建物の用法に従つて為された必要にして且つ適切な最少限度の本件改修を目して前記法条に規定する建造物の損壊ということはできない。
原審が前記被告人の行為を建造物損壊罪に該当するものとして刑法第二六〇条を適用処断したのは結局法令の適用を誤つたものでありその誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条によつて原判決を破棄し同法第四〇〇条但書により当裁判所は直に判決をすることができるものと認め次の通り判決する。
控訴記録並びに原審及び当審において取り調べた各証拠により認定した前記被告人の行為は罪とならないから同法第三三六条によつて被告人を無罪とする。
仍て主文の通り判決した。